祈祷会
《マラキ3:1-4》
「見よ、わたしはわたしの使いを遣わす。彼は、わたしの前に道を備える。あなたがた
が尋ね求めている主が、突然、その神殿に来る。あなたがたが望んでいる契約の使者が、
見よ、彼が来る。──万軍の主は言われる。」(マラキ3:1)
エルサレムに帰還した民
ペルシャから帰還したイスラエルの民は、期待と情熱を持ってエルサレムの城壁を再建
したが、自身の生活は困窮したままで、次第に霊的に堕落していってしまった。神様に粗
悪な捧げ物をしていながらそれすら煩わしく感じたり、経済的な目的で離婚や再婚、異邦
人との結婚をしてしまったりしていた。
神様の愛
そんなイスラエルの民のために、そんな彼らを再び聖い者とし、その関係を修復し、彼
らが再び喜んで神様を礼拝するようになるために、神様は救い主を遣わすことを預言され
た。しかし、このことが成就するまでの400年の間(中間時代・神様の沈黙の期間といわれ
る)に、民は現世利益的な目的で形式的な礼拝、自己義認に陥り、人を裁くようになってい
た。
イエス様がお生まれになってから、イエス様はそんな彼らを批判された。イエス様は救
われる者と救われない者を分ける基準としてお生まれになったのである(ルカ12:51参照)。
救われる者
(マラキ3:16)にあるように、神様に聖い恐れを持つ者を、神様は憐れんで顧みてくださる
。神様がどうしてイエス様を遣わしてくださったのかを、今一度心に刻み、(ヨハネ3:16-
21)にあるような光の方へと導かれるお互いとなりたい。
まとめ
神様に背き続けた人間に神様が成してくださった最たる愛の形、イエス様の十字架を見
上げ、聖い恐れを持ち、神様を心から求め、ともに歩んでいく。
2026年9月23日(水)

