礼拝
『バベルの塔』創世記11:1-9
山田雅香牧師
「神は高ぶる者には敵対し、へりくだった者には恵みを与えられる」(Ⅰペテロ5:5抜粋)
あらすじ
ノアの時代の後、人々は再び増え、神様に知恵を与えられてレンガや瀝青(コンクリート)
の技術を得た。しかし彼らは、神様の「地に満ちよ」という御心に反して、住みやすい平
野、その一所に留まり続け、与えられた技術を持って天にまで届く塔を建てようとした。
根深い罪
アダムとエバの罪から始まり、カインが人殺しの罪を犯し、蔓延した罪によってノアの
時代には多くの者が滅ぼされた。そして敬虔なノアの、その子孫が増えていったわけだが
、それでも人々は今回の箇所のような罪を犯してしまったのである。“神様を神様と思わな
い”のは、全ての罪に起因する危険な考えである。今回の人々も神様を神様と思っていない
から、神様に自分たちの力を誇示しようとしたり、自分たちで何でもできるのだという傲
慢に至ったりしたのである。
神様の裁き
神様は彼らの使う言語を分かれさせ、意思の疎通が行いにくい状態にされた。この神様
の偉大な知恵と御業、そしてそれであっけなく計画が頓挫した人間たちの姿を見ると、改
めて神様に刃向かうことがいかに愚かなことかが解る。私たちは信仰に入ったことで、神
様への反抗心という感情からはすでに解放されているのだが、それでもなお罪のリスクは
背負っている。
(まとめ)神様を崇めることは
神様を神様とするということは、言い換えれば神様を崇めることであるが、具体的には
どういうことか。それは、御言葉が真理で最善であることを受け入れ、へりくだって従う
ことである。私たちは神様を崇めつつも、自分の思いや考えを優先したり、他人の意見や
人の目を気にしたりして、神様に示されたことや御言葉に従えないことはないだろうか。
このバベルの塔を建てようとした人々の姿を反面教師に、神様が与えてくださった知恵や
力を感謝し、神様の御心や御言葉に従って用いたい。神様はそういう歩みに必ず恵みで応
えてくださり、その経験を積み重ねていくことでさらに心から主を崇める者へと導かれて
いくのである。
2026年9月27日(日)
