2026年11月1日(日)礼拝『ヤコブの帰郷』

礼拝
『ヤコブの帰郷』創世記32:22-30
「ですから、あなたがたは神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神は、ちょうど良い時に、あなたがたを高く上げてくださいます。」(創世記Ⅰペテロ5:6)
あらすじ
前回の続きで、ヤコブはエサウに命を狙われて、叔父ラバンの元に身を寄せた。ラバンの元でも様々な苦難や困難があったが、今回はヤコブが神様に命じられて家族の元へ帰る際のできごとを学びたい。
ある人(神の使い)との格闘
家族の元に返る前の夜、一人になったヤコブの元にある人が現れ、ヤコブと格闘した。ヤコブはその人と格闘しているうちに神様の使いであることに気づくと、何としてでも神様の祝福を頂きたいと、ますます燃え上がって格闘した。それは、ヤコブが家族の元に帰ることに恐れや不安を抱いていたからである。エサウがまだ自分を憎んでいて殺されるかもしれないと、だからそうならないように神様に助けて頂きたいと必死だったのである。
脚のももを打たれたヤコブ
格闘の最中、神の使いに脚のももを打たれたヤコブはその関節が外れて戦うことができなくなった。それでも神の使いを去らせず、なお祝福を求めたのである。今までヤコブは欲しいものを力ずくでも勝ち取ってきた。自分の力に頼っていた。しかし今、まともに歩くことができなくなり、これまでの方法で手に入れることができなくなったのだ。そこで初めてヤコブは、心を砕かれ、新しくされ、自分の力では無く神様に心から委ね、頼ることを覚えたのだ。
神の使いは最終的にヤコブを祝福し、“あなたは勝ったのだ”と言っているが、これは単に戦いの優劣がついたのではなく、砕かれて新しくされたヤコブの信仰を神様が評価されたのだと考えられる。
(まとめ)新しくされた者
新しくされた者はどのように歩み、どのような祝福を神様から受けるかがペテロ5:6に記されている。この箇所で用いられる“へりくだる”という表現は、神様に信頼し、委ね、従っていくことである。そして、その歩みに応えて神様が最善の時に最善のものを与えてくださる。それが祝福である。私たちはそれをいつも待ち望み、感謝して受け取るものでありたい。
2026年11月1日(日)






