2026年10月28日(水)祈祷会

祈祷会
マルコ10:13-16
「まことに、あなたがたに言います。子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに入ることはできません。(マルコ10:15)
導入
ここは有名な箇所で、子どものような心で神様を受け入れ従う信仰の大切さを学ばせて頂けるが、大人にならなければならない部分もあることを、パウロが別の箇所の手紙で語っている。
子どものようであるべき部分
子どものようであるべき部分は、神様への心持ちと、悪に対する知識についてである。先述のように、神様に対して柔らかな心で、純真で従順であると同時に、悪いことについては子どものように無知であるべきだと(Ⅰコリント14:20)に記されている。
大人になるべき部分
これは成長すべき部分とも言い換えることができる。耳に心地良い御言葉だけでなく、厳しい御言葉も拒絶せずに受け入れて、自身の糧とするのだ(ヘブル5:14)。また、私たちクリスチャンの目標はイエス様の似姿となることだと今一度確認したい(エペソ4:13-15)。イエス様のように神様を愛し、隣人を愛し、聖くあること。その歩みが、クリスチャンとしての自己を確立し、この世のことに揺るがされない者となることへ繋がっていく。また、その姿を通して神様を証しすることができるのだ。
忘れてはならないこと
クリスチャンとして成熟すればするほど、もしかしたらパウロのように大きな働きを成し遂げることもできるかもしれない。しかしそれは神様の恵みであることを忘れてはならない(Ⅰコリント10:15)。
まとめ
クリスチャンとして、子どものままで良いことと大人になるべきことを見誤らず、イエス様の似姿を目指して成熟すること。そして、御心に適った働きができることは神様の恵みであることを忘れないことが大切。
2026年10月28日(水)






