2026年4月29日(水) 祈祷会

礼拝

祈祷会

《哀歌2:1-8》
「…実に、私たちは滅び失せなかった。主のあわれみが尽きないからだ。それは朝ごとに
新しい。「あなたの真実は偉大です。主こそ、私への割り当てです」と私のたましいは言
う。それゆえ、私は主を待ち望む。」(哀歌3:22-24)

哀歌の大まかな内容

神様の手によってエルサレムに破壊と荒廃がもたらされた(バビロン捕囚)。哀歌は、神様
にこれほどまでの怒りを買ってしまったことと、人間の力では神様との関係を修復する術
はもはや存在しないという、この絶望的な状態を嘆く内容から始まる。しかし、著者であ
るエレミヤは、それでも自身が生かされ、イスラエルの民が完全には滅び失せなかったと
ころから、神様の恵みと憐れみに気づき、後に神様がこの状態を回復してくださることに
期待する文言で締めくくっている。

(まとめ)哀歌を通して学ぶ私たちの歩み

この箇所からも神様の大いなる愛による恵みと憐れみを見ることができるが、神様はイ
エス様の十字架を通してさらに最たる愛を私たちにお示しくださったのである。だからこ
そ私たちは自分たちの罪の重さに気づき悔い改め、大切なひとり子を犠牲にしてまで赦し
てくださった主を恐れるのだ。そして、悔い改めるからこそ聖霊が注がれ、絶望的な状況
にあっても神様に目を向けることができ、主の御業に期待する信仰が備えられるのである
。神様の愛に生かされた私たちは、互いに愛し合い、やがてのときに希望を持つ、愛と希
望に満たされたクリスチャン生活を歩みたい。

2026年4月29日(水)