祈祷会
《ホセア1:2-9》
「エフライムよ。わたしはどうしてあなたを引き渡すことができるだろうか。イスラエ
ルよ。どうしてあなたを見捨てることができるだろうか。(中略)わたしの心はわたしのう
ちで沸き返り、わたしはあわれみで胸が熱くなっている。」(ホセア11:8)
導入
今週の祈祷会から小預言書を続けて学んでいく。今回の箇所はホセア書であるが、ここ
では神様がイスラエルの偶像礼拝を姦淫に例え、激しく聖い怒りを燃やされている。
見捨てる罪
この時代、イスラエルは北イスラエルと南イスラエルに分かれており、ここで神様が怒
りを燃やされているのは北イスラエルに対してである。彼らを何度も赦し、愛してくださ
った神様を捨て、他の神々に仕えてばかりいるので、いよいよ神様は”彼らはわたしの民で
ない”と仰って、それを象徴するように、預言者ホセアに淫らな女を引き取らせ、その間に
できた子どもたちに、ロ・ルハマ(憐れみを受けることがない)、ロ・アンミ(わたしの民で
はない)と名付けた。
それでもなお
いよいよ神様に捨てられたかに思えた北イスラエルの民であったが、神様はそれでもな
お愛と恵みにより、彼らを救いたいという情熱を燃やされた。彼らを救わずにはいられな
かったのである。そのため、(3:5)(11:8)などで回復の約束をされている。そして、この愛
はイスラエルだけでなく、神様のことを裏切るどころかその存在を知る由も無かった、私
たち異邦人にも注がれ、後にイエス様をお遣わしになるのである。
(まとめ)愛を受けて
私たちはこの愛を受けていながら、それを本当に心から喜んで受け取っているだろうか
。北イスラエルほどの背信には至らなくても、神様に対する後ろめたさを覚えて、わざと
神様のことを考えないようにすることも、神様を捨てることに近い行為であり、神様が悲
しまれることなのである。今一度私たちは神様の深い愛を、そしてそれを注がれているこ
とをしっかりと自覚し、この上ない喜びを持って受け取ることが大切である。そうすれば
、聖霊に導かれて歩むことを喜びとし、主に喜ばれる働きをなすことができるようになる
のである。主に生涯を委ねるところに最大の幸いがあることを忘れてはならない。
2026年6月10日(水)

