祈祷会
《エゼキエル14:6-11》
「わたしは生きている──神である主のことば──。わたしは決して悪しき者の死を喜ばない
。悪しき者がその道から立ち返り、生きることを喜ぶ。立ち返れ。悪の道から立ち返れ。
イスラエルの家よ、なぜ、あなたがたは死のうとするのか。」(エゼキエル33:11)
あらすじ
神様はイスラエルの不義(偶像礼拝など)を厳しく責め立てて、裁かれることを宣言された
。しかし、その裁きを通して再びイスラエルとの関係を回復してくださることも明言され
た。
神様の深い憐れみと愛
これまでもイスラエルは何度も神様を裏切り、背きの罪や偶像礼拝に手を染めていたが
、神様は変わらず愛を注いでくださり、その関係を何度も回復してくださった。(エゼキエ
ル33:11)にあるように、神様は悪者が滅ぶことを望まず、立ち返って主に従うことを望ん
でおられるのである。
そしてその最たる愛の形として、ひとり子イエス様を遣わしてくださった。このことに
より、もはやその救いと愛はイスラエルのみに留まらず、イエス様を信じるすべての者が
、神様との関係の回復、神様の家族として頂ける幸いに与ることができたのである。
避けるべきこと
この箇所では特に二つのことが、神様の忌み嫌われることとして記されている。一つ目
は偶像礼拝であるが、これは何もお寺や神社に行くことだけでなく、神様より大切にして
いるものや、あらゆる罪を誘発させるもののことを指す。私たちはこれらのことを避けて
、聖い歩みへと導かれていかねばならない。
二つ目は二つ心の信仰である。いろんな宗教の、耳触りの良いことだけを自分のものと
したり、聖書の言葉の中で自分の好きなところだけを学んだりするようなことである。私
たちは聖書だけを頼りとし、選り好みせず厳しい教えも真摯に受け止めていかねばならな
い。
まとめ
神様の深い愛と憐れみを今一度しっかりと心に刻み込み、イエス様の十字架に倣い、神
様を第一として聖く歩む。
2026年5月13日(水)

