礼拝
『ピラトの裁判』 ヨハネ18:28-38
「キリストは私たちのために、ご自分のいのちを捨ててくださいました。」
(Ⅰヨハネ3:16抜粋)
あらすじ
イエス様の裁判を務めたピラトは、今にも暴動を起こしそうな程に“イエスを十字架につ
けろ”と騒ぐユダヤ人を恐れ、不当であると解っていながらもイエス様に十字架刑を言い渡
した。
イエス様を十字架につけたもの
イエス様を十字架につけた根本的な原因は私たちである。私たちが罪人であるがために
、ひとり子イエス様の血潮ですべての罪を贖う必要があった。愛と恵みに満ちあふれた大
切なお方を十字架につけたこの現実を今一度深く受け止めたい。
贖われた私たちが心がけること(まとめ)
①神様から離れない…イエス様の十字架によって私たちの罪の炎は消されたが、未だに
燃えかすは残っている状態であることを覚えたい。またふとした瞬間に燃え上がってしま
う危険をはらんでいるが、そういった危険からも神様は守ってくださるので、どんなとき
も神様のそば近くにいて、ともに歩み続けることが大切である。つまり、すでに罪は赦さ
れたことを喜ぶのはいいが、決して罪を軽々しく捉えて油断してはいけないのである。
②永遠の命を与えられた者らしく生きる…十字架は、私たちが罪に対して死に、永遠の
命を持つ者として新たに生かされる分岐点でもある。このイエス様の十字架の御業、恵み
、愛に、心を深く浸したい。イエス様が十字架にかかるときに裸であったように、私たち
の心もすべてを脱ぎ捨てて、重荷を取り払い、静かに主と向き合い、どこまでもへりくだ
る者へと導かれていくのである。
③御言葉の自由が与えられている幸いを覚える…イエス様は裁判の中、あまり多くを語
らず沈黙を守られることもあったが、そのように、御言葉を自由に語ったり聞いたりでき
ない時代が来るかもしれない。つまり今、この自由が与えられていることはとても幸いな
ことなのである。だからこそ、なお深く御言葉を聞き、語り、受け継いでいくことが大切
である。
2026年3月22日(日)
