礼拝
『救われたユダヤ人』 エステル記8:9-17
「神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、
すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。」(ローマ8:28)
導入
私たちは普段祈りを捧げているが、祈りとはどういうものなのか、どんなことをもたら
すものであるかを、エステル記では多角的に学ぶことができる。
祈りとは
①神様に目を向けること…
私たちには未来を見ることができないので、先のことを知る由
はない。だからこそ、神様に目を向けることが大切なのである。エステルがユダヤ人の危
機を知った時も、行く先に不安しかない中でまず神様に祈っている。
②確信を得ること…
祈れば祈るほど、私たちは神様によって平安が与えられ“神様は最善し
かなさらない”という確信が与えられる。エステルが死を覚悟しながらも王の庭に入ったの
も、彼女が神様によってその確信が与えられていたからなのである。
③神様に委ねること…
神様のご計画に委ねて、その最善の時を待つ信仰を持つことが大切
である。5章から、エステルがユダヤ人救済のために王の庭に入る内容が記されているが
、エステルはすぐに王様に頼むことはしていない。それは、エステルが祈りを通して、神
様に最善の時を委ねていたからなのである。
④感謝と喜びをもたらすこと…
私たちは“お祈りしてください”と兄弟姉妹に頼むことがあ
るが、そうする理由について考えたことがあるだろうか。神様は個人で祈ろうとみんなで
祈ろうと平等に応答してくださるお方であるのに、わざわざ人を増やして祈る理由は何か
。それは、ともに喜びあうためであり、祈りに誘うことは神様への感謝の輪に誘い入れる
ことなのである。エステルも尊く用いられて、ユダヤ人が滅ぼされる心配がなくなった時
、祈って備えた人々と大きな喜びに包まれている(15-16節)。
まとめ
エステルの祈りの姿勢を通して、祈りは私たちの考えを超越した最善をもたらし、私たち
の能力を凌駕した力を必要に応じて満たしてくださるものであることを覚え、それを成し
遂げてくださる力ある神様になお祈り続けていきたい。
2026年1月25日(日)

