礼拝
『私たちの羊飼い』 詩篇23:1-6
「主は私の羊飼い。 私は乏しいことがありません。」(詩篇23:1)
導入
羊は弱く一人で生きていくことのできない生き物であるので、羊飼いがいないと死んで
しまう。私たち人間と神様もそれと同じ関係なのである。
羊飼いと羊
羊は目が悪く、草が目の前にないと見つけられず衰弱したり、転んでしまえば自力で起
き上がれず、もがいて衰弱したり、それでいてプライドは高く、自分で勝手にどこかへ行
ってしまって迷子になったり、猛獣に襲われても抵抗できなかったりと、どこまでも弱い
生き物である。
そして、その姿は神様から見た人間の姿に重なるものがある。私たちも目先のことしか
見えないし、自分で勝手な行動をとってしまいがちであり、何か困難に直面すれば打ち砕
かれてしまう。
羊にとってその必要を満たしてくれる羊飼いは不可欠な存在であるように、私たちにと
って神様は必要不可欠なお方なのである。
羊飼いであられる神様
神様は愛と恵みに溢れるお方であり、私たちがどこに迷い込もうと、どんなに背いたり
、暗闇の中にいたりしても、その恵みと愛は無条件に私たちを追いかけてくる。
羊飼いが羊を緑の牧場に導いて安らがせるように、杖と鞭を持って猛獣から守るように
、神様は私たちを教会という牧場へと導いてくださり、様々な苦難の中から救い出してく
ださるのである。また、神様は最善以外をなさらないお方であり、私たちが苦しみを覚え
る中にあっても、必ず神様のご計画があることを信じ、希望を持って歩みたい。
参考聖句:「わたしは良い牧者です。良い牧者は羊たちのためにいのちを捨てます。」
(ヨハネ10:11)
まとめ
・私たちにとって神様は必要不可欠な存在であり、この方に従って歩まなければ滅びの
道に至ってしまう。
・神様は大きな恵みと愛を、私たちがどんなに背こうと離れようと注いでくださり、最
善をなしてくださる。
・私たちにとって必要不可欠な神様、イエス様を中心にした群れが教会なのである。
2025年12月27日(日)
