クリスマス礼拝
『世界の王』 マタイ2:1-12
「それから家に入り、母マリアとともにいる幼子を見、ひれ伏して礼拝した。そして宝
の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。」(マタイ2:11)
あらすじ
イエス様のお誕生を知らされた当方の博士たちは、長い道のりを進み、幼子イエス様の
前で喜んで礼拝を捧げ、それぞれ黄金、乳香、没薬を差し上げた。
ご降誕に対する反応
東方の博士たち
東方の博士たちは、それなりの身分のあった人たちだと考えられる。しかし、そんな身
分よりも探究心が先立って、ぜひともベツレヘムの王を拝したいと、長い長い道のりを進
んだのである。博士たちの救い主を捜し求める姿勢は求道者と重なるものがある。
また、神様はそんな東方の博士たちの道中をお守りくださり、導いてくださり、イエス
様に辿り着けるようにしてくださった、その愛にも注目したい。
そして、東方の博士たちは、一見普通の幼児に見えるイエス様を、見た目で判断するこ
となく、心からその誕生を喜び、先述の品を捧げたように、私たちもイエス様のお誕生を
心から喜び、礼拝を捧げたい。
エルサレムの人々
エルサレムからベツレヘムまでは8㎞ほどの距離で、歩いても朝から出発すれば用事を済
ませて夕方には帰ってこられるような距離であった。しかし、聖書にはエルサレムの人々
が救い主の誕生を祝ったことは記されていない。彼らはすでに神様とともに歩んでいたも
のの、その現状に満足して、新たな神様の約束である、救い主を求めなくなってしまって
いたのである。
私たちも自分が救われていることに満足して留まっていないだろうか。そうではなく、“
もっとたくさんの人とイエス様の十字架による救いの喜びを共有したい”という信仰へと引
き上げられていきたい。
参考聖句:「この方はご自分のところに来られたのに、ご自分の民はこの方を受け入れな
かった。しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子
どもとなる特権をお与えになった。(ヨハネ1:11-12)」
イエス様のご降誕
イエス様にとって、この世にお生まれになることは苦痛の始まりであった。貧しく、人
の弱さや苦しみも経験された挙げ句、十字架にかけられるという悲惨な最期をたどられて
いる。イエス様は王であり、全能なるお方であったが、この世の王ではなく御国の王であ
り、全能なる力は悩み苦しむ人々たちのためにしかお使いにならなかった。イエス様には
いつも神様がともにおられ、溢れんばかりの愛を注いでくださっていたので、神様の御心
の通りの生涯を辿られたのである。
そして、私たちにも同じように神様の臨在と愛があることを覚えたい。「主ご自身があ
なたに先立って進まれる。主があなたとともにおられる。主はあなたを見放さず、あなた
を見捨てない。(申命記31:8抜粋)」どんなに苦しいときにも、絶望を覚えることがあって
も、神様がいつもともにおられ愛してくださっていることを忘れてはいけない。そして、
私たちもイエス様のように御心に従って歩んでいきたい。
まとめ
・神様は東方の博士たちになさったように、神様を求める者を守り導いてくださる。
・先に救われた人たちは、自分たちの歩みを今一度振り返り、自分さえ救われれば良い
のでは無く、もっと多くの人と救いの喜びを共有したいという信仰に成長していくことが
大切。
・神様はイエス様とともにおられ愛を注いでくださったように、私たちを同等に扱って
くださっている。だから、私たちもイエス様に倣った信仰生活へと導かれていきたい。
2025年12月21日(日)

