祈祷会
《Ⅰヨハネ3:1-10》
「このことによって、神の子どもと悪魔の子どもの区別がはっきりします。義を行わな
い者はだれであれ、神から出た者ではありません。兄弟を愛さない者もそうです。」
(Ⅰヨハネ3:10)
神の子
神様の実子はイエス様であり私たちは養子として頂いたという教えもあるが、私たちと
神様の関係はそのような制度的なものに留まらない。喜びの時も悲しみの時も神様は私た
ちとともにいてくださり、普段の生活のうちにあっても、家族のようにいつも一緒にいて
くださるのである。これほどの破格の愛と恵みは天からしか与えられないものである。
神様を見上げて
私たちはこの破格の恵みと愛を享受し、神様の子どもらしく歩まねばならない。つまり
、イエス様のような清い歩みへと導かれていかねばならないのである。
人は自身が見ている物の方向に自ずと進む性質があるが、それならば、私たちは神様を
見上げ続けて歩めば自ずとその似姿へと変えられていくのではないだろうか。
今一度、神様のようになりたい、イエス様のようになりたいという、霊的な飢え渇きを
もって、神様を見上げ続ける者へと導かれていきたい。
神様の子どもらしい歩み
1-3節まで神様の子どもらしい歩みが記されているのに対し、4-9節には悪魔の子の姿が記
されているが、神様の子と悪魔の子の区別については10節に記されている。神様の子は義
の中に留まり、義を行い、隣人を愛するのが神様の子どもらしい歩みなのである。
まとめ
神様の破格の愛と恵みを享受し、神様の子どもらしく、その似姿となり、義の歩みと隣
人への愛に生きるために、神様を見上げ続けていきたい。
2025年11月26日(水)

